衣食住で幸せを運ぶ 日本ISJ研究所
東日本大震災からすでに3ヶ月過ぎ、
予想を超える大津波の力には本当に驚かされます。被害にあった方々にはなんと言葉をかけていいのか…
私も静岡県の浜松に住んでいますが、東海大地震が来るといわれ既に20年が過ぎています。でもいつ来るのか分からないのが自然界の恐ろしさです。浜松の中心部から遠州浜の海まで直線にしたら5〜6kmでしょうか。仙台地区の若林によく似ています。高い建物は無く、防風林の松林と散々する住宅、そして分譲住宅地区と田畑。
10mを超える大津波がきたら、その力を弱める島も、高い建物も、防波堤も無く、考えると怖い。友人、知人もたくさんそこには住んでいます。でも今はどうすることも出来ないと言います。引越しをするわけにもいかず、仕事も地元に勤め、子供達も学校があり…考えれば考えるほど答えは出てこないと…。
大津波の傷跡の写真を掲載してもいいのか考えましたが、私が毎月、仙台に行くこともあって、まして知り合いも多く、せめて自分の目で見たほんの一部でもと思い掲載しました。
家の姿は残れども、とても人が住むことはできません。ガスも水道もそして電気もないのです。家は土台ごとすべて流され、見る影もありません。そんな中で常務がひと言「内藤さん、樅の木の床だけ残っている家を見てみますか?」と言っていただいたので、その場所に行ってきました。
他の家は、基礎だけが残り、すべて流された家。基礎も家も塀も庭木も車もすべて流された家。そんな中でこの家は残っていました。基礎も樅の床も。通し柱の金物はしっかりと柱を止めていたにも関わらず、津波はその部分をむしりとって行きました。(でも残っていたとしても住むことはできません)
きっと何かを訴えているんでしょうね。(今は私にも分かりません)
でも皆さん、がんばって行きましょう
未来に向かって
樅の木の伝道師
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